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バブル崩壊で、ほとんどの銀行が一斉に撤退したテーマパーク、ゴルフ場にのめり込んでいったのである。
環日本海経済圏構想。
日本海に浮かぶ佐渡島と新潟市を橋で結び、その真ん中に海上空港を建設するという破天荒な大型プロジェクトにRは取りつかれた。
Rに対する投資も「人が右を向いているときには左を向け」という独特のビジネス哲学に基づくものだった。
ソ連邦崩壊で大手商社さえ投資を手控えている今こそ、絶好のビジネスチャンスだと言い張った。
一九九一年三月、ソ連投資環境整備を設立、自ら会長に就任した。
資本金は一五億円。
新潟県、新潟市のほか鹿島、K製鉄、日本航空、東北電力など鐸々たる企業が、0の熱意に負けて出資した。
お披露目の記者会見の席で、0はこう語っている。
「向こう(R側ということらしい)では地方分権化が進み、これからがチャンスだ。
競争原理が浸透し、どの企業を相手に選べばいいか、見極めがつきやすくなった。
ベルリンの壁の崩壊で冷戦は終結。
環日本海時代の到来で、日本海側が主役になれる日が来たかと思うと心が躍る」Rは自分で青写真を描き、自分でPRし、自分で人を集め、自分でカネを集めた。
銀行の本来の業務とは、およそかけ離れた仕事ばかりである。
まさに、「事業家」Rの面目躍知であった。
やがてソ連邦は崩壊。
ユーラシア投資環境整備に商号を変更し、ハバロフスクのホテルやウラJトク空港のターミナルの建設の資金を融資した。
さらに、Rとの貿易を目的としたユーラシア交易を設立した。
環日本海経済圏構想はRと日本の架け橋になるという、第一歩と位置づけられていた。
しかし、0プロジェクトはことごとく失敗に終わる。
R向け投融資と貿易は頓挫した。
R政府は外資を集めるために露N学を設立して、ユーラシア投資環境整備に同大学への投資を依頼した。
なにを隠そう、この露N学に入り込んだのが、あの0真理教だ。
パソコンや注射器などを大量に提供したうえに、R側に段ボール二箱分、一0億円といわれる資金を供与した。
こうして、Rに食い込み、0真理教は軍事用ヘリコプターや武器を購入していった。
地下鉄サリン事件のとき、0真理教とユーラシア投資環境整備の関係が疑われたのはこうした経緯があったからである。
露N学でつまずき、ウラJトク空港ターミナル改修工事向けの融資は焦げついた。
ユーラシア交易も、商社としての活動をしないまま休止を余儀なくされた。
0プロジェクトの愚かしきの典型例がテーマパークである。
テーマパークの第一弾が一九九三年九月、新潟県北蒲原郡笹神村(二00四年四月に阿賀野市に合併)に開業したNR村だ。
Rとの経済および文化交流を目的に、R文化省の協力を得て建設された。
・第二弾は一九九六年七月、新潟県柏崎市にオープンしたKトルコ文化村。
そして第三弾が九七年七月、0真理教の教団施設があった山梨県上九一色村(現・富士河口湖町富士ケ嶺)に、巨大なガリバー像を売り物にHガリバー王国がオープンした。
いずれもN中銀が大口融資をした。
どこもかしこも、開業以来赤字が続き、あっという聞に閉園に追い込まれた。
最初に手を染めたNR村を、もう少し詳しく紹介しておこう。
R正教の教会やホテル、絵画・彫刻などを展示する美術館などを持つテーマパークで、西の「オランダ村」(私注長崎のハウステンボスのこと)の向こうを張って売り出すことにした。
だが、新潟のはずれにあって、「客を呼べるような目玉の施設もない。
いわば頭取の0の道楽」。
開園して数ヵ月もたたないうちに、レジャー・観光業界から、こう酷評された。
パプルの崩壊で、全国的にリゾート開発が行き詰まっており、NR村も一時期、開業を延期する話があった。
しかし、発起人代表のRが「『ウラJトクとの航空路も開設される。
今さら、やめられない』と主張して、強引に押し切った」(N中央銀の関係者)。
地元ではN中央銀行のM直轄事業投資額は当初、五五0億円を予定していたが、三三0億円に圧縮された。
Rは銀行の前専務のT(Tについては後述する)をUワールドに送り込む一方、資金を一口一五00万円の会員権方式で集めた。
この会員権は「来年(一九九四年)に着工する予定のゴルフ場やホテルの利用権」(同)という触れ込みだった。
「銀行から頼まれれば、嫌とはいえないから、しぶしぶ会員権を買った」というのが、地元企業の経営者の本音だった。
社長連中は「Rさんはブレーキのないゴーカートになってしまった」と顔をしかめた。
時間の経過とともに、不評の輸は、類を押しつけるために、銀行に宝石どんどん大きくなった。
Rから直輸入した宝石(購入)のローンまで新設した。
事件師が群がったゴルフ場融資ゴルフ場も同様だった。
ウラJトクの空港ターミナル改修工事の融資を行った二カ月後の一九九三年五月、東京・銀座にGリングクラブが設立された。
設立発起世話人はRである。
建設される予定のゴルフ場をGリング(金の輪、金かねの輪といっていたワルもいたという)で結び、どこのゴルフ場でも利用できる共通の会員権を販売しようというアイデアだった。
そして、文字通りGリングを形成するためにゴルフ場の買収に乗り出した。
パプルが崩壊し、銀行がゴルフ場向け融資から撤退を続ける中、Rは、これまた逆転の発想で、この窮状をビジネスチャンスと捉えた。
ゴルフ場ビジネスには、一癖も二癖もある事件師たちが群がるのが常だ。
Gリングクラプが買収した第一号が、あの0真理教の教団があった山梨県上九一色村のH中央ゴルフ倶楽部(一九九五年オープン)である。
N中銀の県外初の大口融資案件であった。
富士中央は当初、Aという不動産会社が手がけていた。
一九九一年末から五000万円の超高値で三00名近い会員を集めたが、パプル崩壊で退会者が続出。
九二年にはとうとう工事がストップしてしまった。
Aは、S銀行が旧・H相互銀行を合併したとき、裏舞台の立て役者といわれたSが事実上のオーナーだった会社だ。
Sは政財界と裏社会をつなぐフィクサーだった。
一九九二年二月に、H中央ゴルフ倶楽部の用地買収をめぐり、国土法違反でY組の直系組織・G組幹部とともに、Aの副社長が逮捕された(これについても後述する)。
Y新聞(一九九二年二月四日付)は「適正価格の倍で土地無届け転売、組幹部ら6人速捕」の見出しで次のように報じた。
「Mプランニング」(私注目G組系の企業)は、平成元(一九八九)年八月に都内の不動産会社から約六九00万円で購入した上九一色村富士ケ嶺の土地、二万三六00平方メートルを、国土法の届け出義務のない一万平方メートル以下になるよう一ニ筆に分筆。
同年十月ごろから十二月ごろにかけ、G組系企業三社にいったん一筆ずつ売却したように装ったうえでブゴルフ場建設を実質的に進めていた「A」の子会社三社に計七億二ニ00万円で転売した疑い暴力団の資金源になった、いわくつきのゴルフ場を買収したのが、RのGリングクラブ。
買収資金を融資したのがN中央銀行だった。
問題のゴルフ場にRは気前よくカネを出した。
「環Tのリゾート王」の冠をいただくEIEグループ代表のTが進めていたIクラブゴルフソサエティ(一九九四年オープン)に建設資金六0億円を融資した。
かたや環日本海、こなた環Tの盟主を気取る二人。
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